看護は一人では絶対に出来ない。

「看護師」これはある単一の人物を指しますよね。

ですが「看護」これは行為そのものを意味します。

私が看護師として働き始めてから、強く感じる事は看護は一人では絶対に出来ない。という事です。

 

今回は私の実体験をもとに、タイトルの意味について、考えていきたいと思います。

ある夜勤での事

私は救命救急センターの三次外来で夜勤をしていました。

運ばれてきたのは独居の男性患者。

既に数日前から自力で動くことは困難になっていた様で、頭部と仙骨部に

大きな褥瘡を形成していました。

 

見たことのない程の大きさに私は唖然としました。

幸いにも循環動態は保たれており、生命は維持出来ましたが、この日から、この患者の褥瘡との戦いが始まりました。

「毎日シャワー浴を実施しよう」

そう声を挙げたのは、私と同じチームの先輩看護師でした。

私はこの時、現実的に困難だと思いました。

 

というのも、私の病院は三次外来とICU、HCUが一つの部署として成り立っており、当時この患者はHCUに入院して、私のチームが担当をしていました。

救命センターに入院してくる患者は、みなさん病状が重篤な方ばかりです。

 

そういった患者を複数受け持ちしながら、一人の患者を毎日シャワーに入れるなんて事は、看護師のマンパワーが絶対的に足りないと思ったのです。

 

しかし先輩看護師は本気でした。

他のチームにも呼びかけ、私達がこの患者のケアに入る時間は、他の患者を代行で担当してもらえる様に、調整を行ったのです。

褥瘡に変化が起きる

そんな調整の甲斐あって、入院後2週間ごろから、患者の褥瘡に変化が見られました。

黒色に変化した皮膚がわずかに剥離し始め、褥瘡の外縁には肉芽が形成され始めたのです。

もちろん簡単に治癒にまでは至りません。

しかし、入院時ショックバイタルであったことや、明らかに低栄養状態であった採血データから考えると、この褥瘡の変化はまさに奇跡的でした。

問題は山積み

しかし、物事は簡単に進むばかりではありません。

患者は経口で摂食する事が出来なかった為、経管栄養で栄養状態の改善を目指していましたが、全身状態は不良であった為、腸管からの吸収能力も著しく低下し、そのまま排泄物として流れてしまったのです。

 

それにより、褥瘡部位は汚染し、それ以降の回復が停滞してしまったのです。

更に、肺炎も併発していた患者は、創部からの感染も強く疑われており、単なる清潔ケアだけではもはや回復不能となっていました。

 

そこで私たちは、創部の周囲に軟膏を塗り、便による汚染を最小限にするだけではなく、褥瘡部位に直接抗生剤をしみ込ませたガーゼを塗布して保護するなど、チーム内で試行錯誤を繰り返しました。

その結果

こういったチーム単位での連日の看護介入により、患者は転院するまでに全身状態を改善することが出来ました。

 

しかも、褥瘡の範囲は入院時の半分以下に。

この時私は流石に興奮しました。

看護の力が、不可能と思われるほどの大きな褥瘡を、奇跡的な範囲まで

改善させてみせたのです。

 

全ての始まりは

毎日シャワー浴を実施しよう。

先輩看護師のこの一言から。

まとめ

この体験を通して私は、どんなに困難な症例であっても、チームとして目標を定めれば、大きな看護力となって患者をケア出来る。

そう確信しました。

 

この患者も、たった一人の看護師がどれだけ頑張ったって、これ程の改善は見られなかったはずです。

 

関わるスタッフ全員が、「治してあげたい。」そう願ったのです。

看護は一人では絶対に出来ない。

力を合わせれば、出来ない事はない。

看護の在り方を見直してみませんか?

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